辻本好子のうちでのこづち

No.168

(会報誌 2009年3月15日号 No.223 掲載)

厳しい時代に感じる萌芽

 年が明けてから、あちこちで与えられる役割を務めるなかで、これまでになかったような小さな、そして、確かな変化の兆しを感じています。それぞれの地域行政や医師会などが主催する市民向けの公開講座やシンポジウムのなかに、一地域の医療に、地域の人々の“当たり前の市民感覚”を必要としている——という、ある種の胎動を強く感じさせられるのです。
 世界同時恐慌が騒がれ、自治体行政も歴史的な経済逼迫を余儀なくされるなか、たとえば医療行政において、なんとしても地域市民の理解や協力を得たいとする主催者側の思惑。そして、それぞれの立場で発言するパネリストの報告や提言から、さらにはそうした話に耳を傾ける参加者から流れてくる熱気からも、これまでには感じられなかったような新しいエネルギーが伝わってくるのです。
 そうした変化を素肌感覚で受け止めさせていただく贅沢な役割のなかで、新しい“医療文化”の芽吹く勢いを感じ、抑えようのないようなワクワク感を味わわせてもらっています。そして改めて、COMLの活動を継続するためにいただいた多くの方々のご支援に感謝する思いです。

同時派生して伝播するのが“文化”

 文化——といえば、ずいぶん以前のことなので多少、記憶は薄れていますが……。
 旭川市にある北海道伝統美術工芸村の「雪の美術館」を訪れ、併設の「優佳良識工芸館」「国際染織美術館」を見学したときのこと。世界各国の織物や染物が年代別に展示されたコーナ一で、大きな感動を覚えました。とくに何の情報も行き交うすべもない太古の昔、アジアやヨーロッパの織物の柄や模様、そして染色にまで、驚くほど共通する、ある種の“流行”を発見し、改めて文化というものを目の当たりにする思いがしました。
 広辞苑の『文化』の項を見ると、あれこれ詳しい記述があるなかに、「世の中が開けて生活が便利になること」「人間が自然に手を加えて形成してきた物心両面の成果」「衣食住をはじめ技術・学問・芸術・道徳・宗教・政治など生活形成の様式と内容」とあります。つまり、世の中が次第に開けて進化することであり、また人の精神(こころ)の働きによって創り出されるもの、しかも人の想いは同時派生的に伝播する、それが文化だということなのでしょう。
 COMLを立ちあげて以来、私が夢に描いてきた新しい“医療文化”の構築には、語るも恥ずかしいほど大きな願いがありました。これまで国や地方自治体など行政からの上意下達であったり、医療現場からのメッセージだけで築かれてきたりした日本の医療に、患者側のメッセージを加えたい。患者の想いを織り込んで、いままでとは違う、次世代のニーズに応える新しい医療を市民・患者が参加して一緒に築いていきたいという夢でした。

あちこちで始まった医療参加の取り組み

 厳しい時代の流れに、良くも悪くも「大きな政府」から「小さな政府」へという動きが見て取れます。医療についても、これまでのように厚生労働省のお達しだけではなく、地域行政がそれぞれの地域医療に大きな責任を持たなければならない流れが起きています。しかも全国的な医師不足問題などの影響を受けて、地域の医療そのものを縮小させざるを得ないようなさまざまな困難にも直面し、地域の人々の理解と協力が不可欠な時代になっています。それゆえに、自治体はいやがうえにも地域住民の医療ニーズに真剣に関心を寄せ、直接、間接、その声に耳を傾けざるを得なくなってきているのです。そうした背景もあって各地で医療に関するさまざまな催しが頻繁に開かれ、COMLの活動紹介や電話相談に届く患者の声を代弁する役割を頂戴する機会が増えています。
 そうした催しに参加するなかで発見する変化の兆し。その一つに各地で何の横の連絡もないのに、まさに同時多発的に類似する患者・市民の側の医療参加の取り組みが始まっていることをあげたいと思います。たとえば本欄で何度も紹介している兵庫県の「県立柏原病院の小児科を守る会」のお母さんたちが立ちあがった2年前の春。ほぼ同時期に、東京のある地区で「知ろう!小児医療 守ろう!子ども達」の会が発足。すべての母親が、子どもの病気についての知識を持ち、納得できる医療を受けられる社会を目指そうと活動を展開しています。
 また仙台では、障害児の子どもを持つ親たちが大学医学部看護学科との共催で、地域で安心して受けられる障害児医療を築こうと講演とシンポジウムが開催されました。講演者とパネルディスカッションのコメンテーターの役割をいただいて参加し、もちろん母親のパワフルなエネルギーにも驚かされましたが、なにより感動したのは大雪警報の最中、多数の看護学生が参加して熱心にパネリストの話に耳を傾けていたことです。長年、地域で障害児の医療に取り組んできた小児科開業医の苦労話や実践報告。また、障害児の母親が過去に経験した医療現場における差別や医療拒否にあった体験報告など。ときに涙なしには聞けないような生々しい現実を固唾を呑んで聞き入っている次世代を担う医療者の姿に出会い、むしろ私のほうが大きなパワーを与えてもらいました。
 たまたま出会った小さな子を持つ母親や障害児の親御さんだちから発信されるパワーから、まさしく新しい“医療文化”を築こうというムーブメントを強く感じさせられました。高齢者にも小児にも、さらには一般の患者にとっても、今後ますます厳しくなる地域医療。その変革の時代のキーワードは「地方」と「患者参加」です。どうか、あなたも、それぞれの地の担い手になりましょう!そして、どうぞCOMLの新しい企画である「医療で活躍するボランティア養成講座」にご参加ください。
 あなたのご参加を心からお待ちしています!