辻本好子のうちでのこづち

No.155

(会報誌 2008年2月15日号 No.210 掲載)

私と乳がん(69)

患者の心に寄り添う医療の大切さを実感
晴れて「元患者」です!

 2002年4月25日に右乳がんの温存手術を受け、今年2008年4月で無事6年目を迎えます。私にとっては、乳がんは神様からのプレゼント、ほんとうにお蔭さまです。なにより術後から今日まで、じつに多くの方々の励ましやご支援があったればこそと、改めて心から感謝申しあげます!

納得して治療に終止符

 振り返ってみれば、診断が確定したときや手術前後よりも、術後3年目あたりまでの方が、心のどこかに再発や転移におびえる気持ちが強かったように思います。いまも忘れられないのは3年目の春を迎えたとき、放射線科主治医の「ひと山越えましたネ!」というひとことと、一緒に喜んでくださったときの安堵感。
 そして、ついにこのたび、年明け早々の1月7日の3ヵ月ごとの受診の日。血液検査、CT、腹部エコー(肝臓転移の検査)など一連の検査のあと、いつにないほど丁寧な触診とリンパ節エコーが両乳房におこなわれ、主治医から「次回からの予約は半年ごとで大丈夫でしょう!」と言われました。そして、5年以上続けたホルモン剤服用にも納得して自らピリオドを打ちました。
 なにより年4回の受診が2回に減ることは、忙しい日常を考えれば単純にありがたいことです。しかし、それ以上に嬉しいのは、信頼する専門医から当面の治療は必要なしと“ある種のお墨付き”をいただけたこと。しかし、とはいえ本音を言えば、そのとき私の心の片隅に小さな不安と迷いがあったことは否めません。理屈を越えた気持ちのどこかに<医療とつながっていたい>という、自分でもどうすることのできない弱音が捨てきれなかったのです。
 ホルモン剤を服用していれば3ヵ月ごとの診察が不可欠となり、受診するたびに血液検査で腫瘍マーカーを確認することだってできる。異常なしとわかれば何よりの安心だし、そうして医療とつながっていることで再発や転移におびえる漠然とした不安な気持ちが軽減し、支えてもらえる実感が免疫力を高めてくれるかもしれない……。しかしその一方で、そろそろどこかで区切りをつけたいと強く願う気持ちもあって、まさに逡巡する心が小さく揺れていました。
 幸いにも外科主治医は、患者の選択や自己決定支援に際して“いまこそ必要”と考えるときは、見事なまでにしっかりと向き合ってくれる人。その日は診察スタート当初から、<今日はじっくり相談しましょう>という空気が伝わってくるのを感じていました。服用中止の提案をその場で即決できないでいる私をおもんぱかって、ホルモン剤服用中止についての説明と彼の専門医としての私見を丁寧にわかりやすく語ってくれました。そのあと私からも素朴な質問をして、疑問を確認させていただく一連の“やりとり”ができたことで、漠然とした不安や迷いは雲が晴れるようにすっきりと消え、自ら納得したうえで服用のピリオドを打つことができたのです。

やはりインフォームド・コンセントとコミュニケーションの問題

 10年ほど前までは、閉経後患者の術後のホルモン剤服用は3年間が通説でした。しかし、すでに当時、乳腺専門医の間では、世界21ヵ国で実施した閉経後乳がん患者の術後補助療法大規模比較試験の追跡期間中央値68ヵ月をもとに、5年間服用説が主張されていました。それからほんの数年後、日本でも5年間服用が治療の基準となって現在に至っています。ところが数年前から欧米で、臨床試験の結果による8〜10年間服用論が高まりを見せ始めているのだそうです。
 ただ私の場合、すでに5年以上ホルモン剤(ノルバデックス→タスオミン錠)を服用してきただけに、いわゆる標準治療でいえばピリオドを打ってもよい時期。もしこの先も続けるとするなら、現在服用中のホルモン剤の耐性(慣れて効かなくなること)ができてしまっているので薬を変える必要がある。そのときの薬の選択肢は、以前指に強いこわばりの副作用が出たホルモン剤(アロマターゼ阻害剤・アリミデックス錠)しかない。そうすると、確実にQOL(生活の質)は低下することになるだろうから(僕としては)勧められない、という意見でした。情報提供と専門医としての私見を聞いたあと、どうしても確認してみたかったことはホルモン剤を5年以上服用した場合としなかった場合の再発・転移率の差がどれほどのものであるかという疑問。答えは「小数点以下」程度の数値の差でしかない。その数値を聞いた瞬間、きれいさっぱり、もてあましていた弱音を吹っ切ることができたのです。
 「……でしたら、今日で服用を中止します!」と誰の誘導でもなく胸を張って自分で決め、晴れて『元患者』になりました。
 どのみち医療には100点満点の完璧も正解もありません。もちろん患者には、少しでもソレに近い医療を求める気持ちがあるのは当然です。しかし、しっかり向き合った医療者から、医療の限界や不確実性がわかりやすく説明され、疑問に感じたことを遠慮なく質問することができ、誠実に答えてもらえたと実感できたなら、患者は自然と諦めることも多少の妥協をすることも必要なんだと、いわば当然のことに気づけるのだと思います。そこに医療者がどう向き合ってくれるか、わかりやすい説明をしてくれるか、自己決定(選択)が迫られたときにも急かすことなく、患者の迷いや悩む気持ちを待ち、揺れる心に寄り添ってくれるか。そんな医療こそがCOMLテーマとする『インフォームド・コンセントとコミュニケーション』の問題であり課題です。
 人は多少でも納得できれば、耐える力が湧いてきます。そして、小さな勇気が芽生えてもくるでしょう。つまり「よし、わかった。だったら私はいま何をすべきか?」と自らの役割認識にも気づくことができるのです。術後5年目の最後の受診の日、私は改めて患者の心の準備に寄り添う医療のありがたさを実感し、患者と医療者の協働作業における患者の役割の大切さを学ばせてもらいました。