辻本好子のうちでのこづち

No.081

(会報誌 2001年11月15日号 No.135 掲載)

小さな町で保健婦軍団が大奮闘

 その昔、信州・長野の地では脳梗塞や心筋梗塞の死亡率がとても高かったそうです。お茶うけも酒のつまみにも野沢菜漬が丼鉢いっぱい……となれば、当然のことだったのかもしれません。その頃、学生運動には疲れたものの、溢れるような情熱を棄てきれずに僻地医療へと夢をつないだ若き医者たちがその地に入り込んで、保健婦たちとの協働で30年後の今日、老人一人あたりの年間医療費が日本一低い(643,000円)県にたて直しました。まさに、いつまでも元気なPPK(ピン・ピン・コロリ)のモデル県。ちなみに全国一位は福岡(1,078,000円)で、二位が北海道(1,066,000円)です。

保健婦の熱意で講演会が実現

 先日、二位の北海道の西、日本海に面した増毛(ましけ)という小さな町でステキな出逢いがありました。
 札幌から特急で旭川に向かい、旭川のひと駅手前の深川で留萌本線に乗り換え、一両だけの電車でトコトコと約1時間半。20年ほど前まではニシン漁で栄え、いまは蛸や鮭そして雲丹(うに)が漁の中心とか。
 町役場主催の講演会に招かれたのですが、仕掛け人は6人の若き保健婦軍団でした。彼女たちの一人が、たまたま学生のころに私の話を聞いて以来のCOML誌の愛読者。仲間たちと示し合わせ、2年がかりで保健福祉課長を説得して実現した企画ということで、文化センターのホールいっぱいの人たちが熱心に耳を傾けてくださいました。
 参加者の熱いまなざしと、彼女たちと交わすさりげない会話の後ろ側から、日頃の保健センター内外の活発な活動と信頼関係が伝わってくるようでした。昨年までは7人だった保健婦が、今年一人削減されていまは6人体制。「手を広げ過ぎたつけがまわってきて、みんなフーフーいってます」と目を輝かせながらイキイキと語る、楽しそうな彼女たちがまぶしいほどでした。

本音トークの教室も定期的に開催

 この町の人々もかつての長野県民と同様、それこそ丼鉢いっぱいのいくらや舌もとろけるような生蛸が毎日の食卓に上り、中高年になるとほとんどの人が生活習慣病に罹患。そこで保健婦さんの出番となるのですが、食生活の指導はもとより、何より嬉しかったのは『医者にかかる10箇条』がテキストとして大活躍していること。町をいくつかに地区割りして保健婦が出向き、土曜の午後に10数人が集まった「脳活性化教室」が定期的に開かれています。テーマは、もちろん「賢い患者になろう!」。
 たとえば、もし家族が脳卒中になって食事の飲み込みに支障をきたし、医者からお腹に穴をあけて胃に直接チューブを通して栄養を送り込むことを勧められたとして、自分だったらどうしてほしいか、家族だったら? ということを皆でワイワイ、ガヤガヤと話し合うのだそうです。報告書には「自分ではよくわからないので、先生にまかせるしかない」「そうした方が付き添いは楽だと思う」「食べることは生きる楽しみだから(チューブは)寂しい」「イヤ、この歳になったら、もうそんなに食べなくてもいい」「食べる訓練を努力するり「安楽死にしてほしい」など参加者の意見が続出し、最後には「○○先生はよく話を聞いてくれるが、○○先生は何度も聞くと怒鳴られる。『……だと思う』といったら、『おまえが病名を決めるな』と怒られた。医者にもよるねー」と地域のお医者さん評定まで登場。まさに患者塾そのもの。それをリードしているのが彼女たちなのです。

 講演会終了後の打ち上げで、彼女たちの次なる挑戦は「在宅死を望む人の支援体制」を整えることと、熱く夢を語ってくれました。町の温泉宿に送ってもらう車中で3年後の“査察”を約束し、すっかり夢のプロジェクトに仲間入りした気分です。