辻本好子のうちでのこづち

No.080

(会報誌 2001年10月15日号 No.134 掲載)

“癒しの復権”へ医療周辺の変化

日本の先を行くアメリカの変化

 アメリカの医療は、良くも悪くも“日本の20〜30年先を行く”といわれます。そのアメリカで、いま、がん患者の死がわずかながら下降線を辿りはじめ、医療費そのものも減少傾向にあるそうです。その背景に何があるか。一つは日常の生活習慣と食生活の見直し。二つ目はサポートシステムの充実。そして、三つ目に代替医療の台頭があげられています。
 生活習慣の見直しでいえば、年間100億ドルをつぎ込む脅迫的ともいえるような禁煙運動。そして、(わらじでは古いので)スリッパのようなステーキや山盛りのアイスクリームを食べるより、寿司バーヘいくことがトレンディといったベジタリアンの急増。野菜消費量が急激に増えるなど、いわゆる健康指向が一つの社会的ステータスシンボルにもなっているようです。
 二つ目のサポートシステムの充実は、孤独感が免疫力を低下させることが科学的にも立証され、患者会や医療消費者グループなどNPOやボランティアの支援活動が社会的な存在になっていること。今回のテロでも数日後に始動。臓器移植や遺伝子治療、生殖医療、がんやエイズ治療といった最先端医療の現場に専任のメディカルコーディネーターが設置され、あらゆる場面でカウンセリング機能が活躍しています。
 専門家による上意下達の操作・介入ではなく、あくまでも横並びの人間同士が“ささえあう”。日本的な情緒とは多少ニュアンスが違うのかもしれませんが、個人主義や自由主義をうたうアメリカでも、やっぱり助け合いの精神で「一人ぼっちにさせない」ことがいかに大切か、が重視されていることの証だと思います。
 そして、三つ目の代替医療の台頭。これは西洋医療一辺倒でなくてもいい、鍼灸治療でもアロマテラピィでもアニマルテラピィでも「あなたが心地よければ、なんだっていいんだヨ!」という、個別の希望に応える治療法の多様化です。
 電話相談を伺っていると、日本では未だに漢方薬を軽視するドクターも少なくないようですが、全米117のメディカルスクールのうち75校に、東洋医療をはじめとする何らかの代替医療のコースが設置されているそうです。そして、ここ数年の統計によれば全米の代替医療利用率がじわじわと上昇(1990年が33%で1997年には42%)し、金額にして270億ドルの消費という経済効果まで生んでいるというのです。

“自分らしさ”を大切に

 これらすべて、まさしく“ニーズからウォンツ”に対応する『癒しの復権』。たしかに主治医が代わって、相性が悪かったりすると病状にまで悪影響が及ぶのですから、患者の「心のありよう」は医療の質を高める重大な要素です。一人ひとりの患者が最期まで希望を持ちつづけ、諦めることなく、いかに私らしく生きられるのか。つまり自分の気持ちを自分で大切にしてもいいんだ、ということを社会や医療現場が支援する体制が病院においてはもちろん、社会復帰、在宅医療に移行したのちも保障される。そんな確かなシステムを整備することが、患者の「心のありよう」を左右する重要なポイントだということを教えてくれています。
 もちろん日本のここかしこでも、こうした動きが始まっています。まずは「治療から予防へ」をキーワードに生活習慣病対策への啓発活動。そして介護保険では(決して十分に機能しているとは言いがたいものの)ケアマネージャーという第三者的なコーディネート機能を仕掛けました。また2年前に「日本代替医療学会」も設立されています。サプリメントや健康食品、はては街角のマッサージやエステサロンが繁盛するなど、アメリカを追随する兆候が見え隠れしています。
 ますます厳しくなる日本の医療の周辺に、今後、何が必要か。私たち医療消費者にはどんな心構えが必要か。さらには、社会として何を整備すべきかなど。先を走るアメリカが示唆する三つの背景に学ぶべき教訓が潜んでいるのではないでしょうか。