辻本好子のうちでのこづち

No.067

(会報誌 2000年8月15日号 No.120 掲載)

差額ベッド料の問題から見えてきたこと

医療のことがわからない事務長!?

 7月3日、読売新聞が差額ベッド料の問題を大きく報道。その反響で問い合わせや相談の電話が殺到する中でたまたま私が受けたのは、築30年、50床の小規模病院の事務長と名乗る女性から。もちろん匿名、匿顔(!)です。
 開口一番、「そりゃあネ、おタク達がなさっていることは立派なことですヨ。たしかに正しことをやってらっしゃるとは思います。私も患者の立場の人間ですから、おおいに頑張ってくださいと応援したい気持ちもあります。でもネ、少しは医療機関で働く者の身にもなってくださいヨ。さっきも、COMLに相談したら返してくれるはずといわれたという患者さんが二人、支払い済みの差額ベッド料を返還しろと怒鳴り込んできて、窓口で大騒ぎになったんです。だいたいそんなことを言ってくるのはタチの悪い患者と相場は決まってるんですけどネ。うちみたいな小さな病院は個室料の収入がなくなったらすぐに閉鎖、あっという間につぶれちゃいますヨ。職員たちもボーナスがもらえなくなるんじゃないかと大騒ぎ。私もつるし上げにあって、まったくいい迷惑ですっ!!」
 冷静に話そうと努力していることは伝わってくるものの、よっぽど頭にきているのか、口をはさむ余地も与えてもらえないほどの立て板に水。これ以上とんがれない、というくらいツンケン、ツンケン。こうなったら無駄な抵抗はよそうと、とりあえず彼女の話に耳を傾けました。
 「うちの院長は古いタイプの医者です。ともかく患者さんは大事にするし、一生懸命尽くす赤ひげのような先生です。丁寧で親切な説明をしているから、赤字覚悟の病院経営なんです」。なぜ親切で丁寧な説明をすることが赤字につながるのかよくわからないまま、それでも少しは共感しなくちゃと「そうですよね、インフォームド・コンセントが大事な時代ですから」と合いの手を入れると、「インフォーム……それってなんですか? 私は1年半ほど前に頼み込まれて事務長を引き受けた人間ですから、医療のことなんてまったくわかりません。お願いですから、そういう横文字は使わないでくさい!!」。ピシャリと私の口を封じたうえで「ともかく新聞をじっくりと読んで、さっそく同意書を作りましたし、ちゃんと会計窓口の横に差額ベッド料の掲示もしました!」。
 オオット、ということは、これまで差額ベッド料の院内掲示もしてなければ、同意書へのサインも押印もないまま患者に請求していたというわけなの? それって“あいまい”以前の大問題ですよ。まったくモオー!!

許せない“低レベル”の裏事情

 機関銃のような抗議調から少しトーンダウンしたところで、掲示や同意書の必要について厚生省が1974年以来何度も医療通知を出していることを確認の意味で持ち出すと、キョトンとした様子で「通知って何ですか?」。まさかご存知ないはずはない、失礼があってはならじと厚生省保険局医療課編集の「社会保険医療関係通知集」の書名を伝えるやいなや「エッ、それってなんですか?」。
 ちょっと待ってよと、思わず叫びたい衝動にかられてしまいました。だいたい病院の事務長たる者、厚生省の通知も知らないで給料をもらっているという話も不思議だけれど、それ以上にいまどき医療に携わる人間がインフォームド・コンセントを知らないとは言語道断。よくもまあ、ぬけぬけとそんなことが言えたものだと呆れながら、それって詐欺じゃないかとだんだん腹が立ってきて「ちょっとよろしいですか?」。
 事務長に就任して日が浅いかどうか、そんなことは病院を訪れる患者にとってまったく関係のない話。しかし制度や仕組みを無視した事務長のもとで病院経営がなされているとしたら、患者にとってこんな迷惑な話はない。さすがにそんな事務長はとっとと辞めてもらうしかない——とまではいえないものの、のどから飛び出しそうになる言葉を必死に押えながら「もう少し勉強をしていただかないと、患者さんに迷惑です!」。
 行政の対応のお粗末も予想以上だったけれど、医療現場の“あいまい”以前の“あってはならない”裏事情にも驚くばかり。じつに恥ずかしい低レベルな実態です。差額ベッドの問題は絶対に放置する問題ではありません。ぜひフォーラムヘ!!