辻本好子のうちでのこづち

No.066

(会報誌 2000年7月15日号 No.119 掲載)

いったい、臨床試験は誰のため!?

 今月号の「COMLに届いた相談」で、ドクターから臨床試験(以下、治験)を進められた乳がんの患者さんの不安をご紹介していますが、話に登場するのは患者とドクターだけ。ほんとうはそこに「治験コーディネーター」と呼ばれる専門家が存在しなければならないはずなのですが……。
 医療不信が根深くなるばかりのわが国では、新薬開発に患者の協力がほとんど得られず、先進国に大きな遅れをとっています。そこで3年前、新たに国際的に通用する『新GCP』という厳しい治験基準を設定。そのとき同時に設置されたのが「治験コーディネーター(CRC)」です。
 新薬開発といえば、飽きもせず繰り返されたメーカーと臨床医との癒着、いわゆる収賄事件ばかりが思い浮かびます。それだけに『新GCP』で新たに登場したCRCには、密室性を打破する役割への期待もあったはず。ところが先の相談にもあったように、いまだ患者の目にはCRCの存在が映っていないのが現実です。

現場からの申し出で実現

 文部省管轄の大学病院の「治験コーディネーター養成講座」が5日間にわたって開催されました。3年目の今年は180人余が参加。最終日のシンポジウムで、東大病院と関西医大病院のCRCと製薬企業側の役員とともに患者(被験者)の立場ということで参加。まずナースと薬剤師であるCRCからそれぞれの大学病院における活動が報告され、つづいて製薬企業側からCRCへの期待が熱く語られ、さいごが私の発言でした。
 3人の話を受けた形で私は「製薬企業に、最終的なユーザーが患者という認識が見受けられない。治験は誰のためのもので、CRCはいったい誰のために存在するのか?」と憤りのままストレートに疑問をぶつけてしまいました。文字通り会場は水を打ったように静まり返り、緊張が走りました。そして、私の手足はどんどん冷たくなりました。
 そもそも治験の依頼主は、新薬開発を計画する製薬企業。かかる経費のすべてを負担する(今は治験に参加する患者にも「交通費」と称して日当約7,000〜8,000円が支払われています)、いわば総元締め。彼らの関心と意識のすべてはドクターにしか向いていません。収賄という不祥事を避ければ、ドクターにとって治験に関わってもなんのメリットもありません。しかし現場の協力なしには一歩も進まないのですから、治験がスムースに進むようドクターの機嫌をそこねない「お守り役」をCRCに担ってもらいたいわけです。
 そうした期待を背負ってかCRCの報告は「ドクターの負担を少しでも軽減するために書類の記入補助をすると、先生に大変喜ばれます」という低レベルの話ばかり。CRCはドクターの御用聞き、それとも下働きなのかと、私の怒りはどうしようもなくふくらんでしまったというわけです。
 午後のパネルディスカッションでは、参加者から「CRCに関する苦情は?」「大学病院にまつわる相談はどんな内容か?」という問いがあり、私は「残念ながら患者にはほとんどCRCの存在そのものが見えていないためCRCの不満は届かない」、そして「大学病院のスタッフの対応はまったく評判が悪く、苦情が絶えない」と率直に答えました。
 終了後、数人の参加者から「CRCはドクターの補助役に徹しろと、洗脳されるような研修がつづき、疑問と怒りでほとんど意欲を失いかけていた。最後に辻本さんに頭からザバッと冷や水を掛けられて目が覚め、私の役割が見えてきた」と声を掛けられました。ただナースの反応が妙に情緒的だったこと、そして、科学者を自負する薬剤師は最後まで「患者の気持ちを理解することは自分たちの仕事ではない」とばかりに冷めた表情だったことが今も気になっています。