辻本好子のうちでのこづち

No.015

(会報誌 1996年3月15日号 No.67 掲載)

製薬企業が患者の利益に貢献する活動を

 1988年、世界の大手製薬企業30社が集まってスタートしたRAD−AR活動は、Risk/benefit Assessment of Drugs−Analysis&Responseの頭文字を並べ「レーダー」と読みます。直訳すれば「医薬品のリスク(好ましくない作用)とベネフィット(効能・効果や経済的使益など)の評価一分析およびその対策」。いうなれば製薬企業に対する社会の批判や不信感の高まりに対し、社会的な理解を深める努力を怠ってきた業界一部の反省から生まれた、患者の利益に貢献する医薬品情報公開の活動です。

副作用の情報公開を討議?

 そもそも私が日本RAD-AR協議会と出会ったのは、昨年の秋の第16回日本臨床薬理学会との共催によるシンポジウム。テーマ『患者に対する医薬品情報の提供とその効果』で、臨床現場や行政からの報告に加え、薬に対する患者の不安や悩みなど電話相談に届くなまの声を代弁するシンポジストとして参加したことがきっかけです。
 製薬企業といえばテレビのコマーシャルなどで馴染みは深く、患者となればそれ以上に身近で不可欠な存在。しかし一方で、薬害被害や治験の問題さらに医療者や官庁との癒着など、つねに社会の批判的対象でもあり、消費者の目には金儲け主義の悪しきイメージがつきまといます。
 失礼ながらおよそ“謙虚な自省”など期待できない業界と思い込んでいただけに、自ら音頭をとって副作用の情報公開に取り組み、あえて批判的な意見をも組み込んで真剣に討議するという今回の企画を知ったときは、多少の驚きを禁じ得ませんでした。
 ただ正直なところメンバー参画の声が届いたときは、私はずいぶん迷いました。なんといっても製薬企業という強烈な(?)組織に足を踏み入れるわけですから、支後者の方々の目に身売りしたかのように映るのでは?という不安が真っ先に心をよぎったからです。しかし考えて見れば、そもそも私が期待されるのは、あくまでも患者の立場としての役割。企業や医療現場、さらには行政に対して、薬の情報がどんなふうに公開されれば患者が安心できるのかを率直に伝えることが重要。
 おもねることなく堂々と、遠慮しないで冷静に批判や提言をする。ひるまぬだけの覚悟があるなら、買って出てでもその役割を果たすことはCOMLの大切な活動にもなるはず。主催者側に私の立場性をはっきり伝え、了解の確認を得たうえで任期2年の大役を引き受ける決心をしました。

日本RAD-AR協議会とは――
 日本RAD-AR協議会は発足して8年。現在、国内大手の製薬会社33社が参加しています。臨床医や薬剤師らとの協同で薬剤疫学(薬の副作用の分析や原因を追求する学問)の研究や、患者と医療関係者のコミュニケーション改善のための「くすりのしおり」など、医薬品情報提供のシステムづくりに取り組んでいます。
 1996年の新しい事業でアドバイザリーボード(訳すと顧問機関?)が構成され、私も医療消費者の立場として参加することになりました。ジャーナリスト、倫理学者、ドクターや薬剤師の医療関係者、厚生省の役人など27人のメンバーが二手に分かれ、患者の立場はそれぞれのグループに1人ずつ。ただし医療者のなかには、つねに厳しい目で副作用を評価し医療現場ヘフィードバックする研究グループ代表のドクターもいるなど、かなり批判的な立場が混在する、これまでにはおよそ考えられないような画期的な顔ぶれです。

薬の「理解と選択」も患者の責務

 医薬品の有効性の裏側には必ず副作用が伴うという現実と不安は、いまや全国民の周知の事実。非加熱血液製剤によるHIV感染事件で、“お上が安全といえば絶対だいじょうぶ”という神話はもろくも崩れ去り、しかも薬の経済と流通はどうやら国民の安全よりも行政事情が最優先するらしいことまでもが明々白々の事実となりました。
 ひとの「からだ」に直接の影響をおよぼすものだけに、薬の安全性は可能な限り確保されなければなりません。そのための最大限の努力は行政と企業の社会的使命であり、消費者に対する責任と義務のはず。それなのに今度の診療報酬改定で病院や薬局が薬名、用法、用量、効能・効果について文書を渡すと一回5点(50円)と、わずかながらもインフォームド・コンセントに経済性が伴いはじめたその矢先、副作用は「提供しなければならない情報」から外されてしまったのです。
 だからこそ私たち患者はまず薬の副作用を認識し、医療現場に対し遠慮なく副作用の情報公開を求めてゆくことが大切です。予測される副作用はどんな症状か、それはどのように発症するのか、発症したときにはどうすればいいのかなど。十分理解できるまで遠慮なく質問し、説明を求めて、薬に不可欠のマイナス面も納得したうえで服用することが、これからの患者の責務となります。
 そうした患者の「理解と選択」を支えるためにもRAD-AR活動で副作用情報をわかりやすく提示していくことが、被害を未然に防ぎ、患者の安心と安全のための必須条件です。もちろん企業にまつわる黒い影が、超党派のメンバーズ会議を組織したから、あるいは業界が多少の襟を正したからといって解決するような単純な問題ではないことは重々わかっています。しかし、溶岩などの作用でできた小さな風穴(ふうけつ)は山をも動かすとか。ときの変化は待っているだけでなく作り出してゆくもの。副作用情報が当たり前に患者に示される日まで、私は諦めずどこまでも夢を追いつづけてゆきたいと思います。

“医療消費者”として意見を表明!

 さて2月の東京での初会合はとりあえずの顔合わせが目的で、主催者側の主旨説明とメンバーのいわゆる所信表明。まずは新聞とテレビのマスコミ業界の代表2人からスタート。末席の私にようやく順番が回ってきたときにはすでに「おいしいとこ取り」された後。「時間が押していますので手短に……」の司会者の言葉にせかされながら、マイクを握りました。
 まずはRAD-ARとかアドバイザリー云々を判り易い日本語に置き換え、その活動を広く世間一般にPRして欲しいこと。つぎにドクターが堂々と「私は薬の専門家ではないから詳しい説明は薬剤師に」と任せられるような、医療現場の明確な連携と分業のバックアップシステムを望むこと。さらに情報公開に大きな役割を果たすはずのジャーナリストのお二人が次の会合に急ぐために自分の発言だけで中座され、議論する姿勢がまったく伺えず……“朝までトーク”とまでは言わないけれど、せめて最後まで意見交換できるメンバーを選んで欲しかったこと。そして、今後の会議では、素人の私にもわかるよう専門用語やカタカナ用語は使わないで欲しいこと。さいごに失礼ながらメンバーに対し「先生」でなく「さん」と呼ばせていただくことを宣言して私の挨拶としました。  終了後の懇親会で、傍聴席に陣取っていた33企業の社員の幾人かが「あなたのような発言が大事、これからもガンバッテ」と声をかけ、勇気を与えてくれました。これからも精一杯、役割をまっとうしたいと思っています。