辻本好子のうちでのこづち

No.014

(会報誌 1996年2月15日号 No.66 掲載)

将来の司法を担う修習生に期待

患者側弁護士は限りなく少数派

 COMLの“L”はLaw(法)、つまり弁護士のネットワークです。哀しくも切なくも医療が行われるなかでの事故やミスは避けがたく、氷山の一角ながら毎年400件ほどの医療訴訟が新しく起きています。裁判で患者側の言い分を代弁するのが原告代理人である弁護士。相手方の被告代理人は医師会の強力なバックアップを受けた同業の輩。それぞれから依頼を受けて契約を結び(委任契約)、ときには複数で事件を担当します。
 当然ながら医療訴訟は高度に専門性の高い内容で、弁護士のほとんどは医学・医療についてはまったくの素人。同様に非専門家である裁判官を説き伏せんと、打々発止とやりあうわけです。医者側代理人は溢れるほど的確で有効な文献や情報がいとも簡単に入手できるのに比べ、患者側の弁護士は孤独な作業でコツコツと証拠を集め因果関係の立証に邁進する、まことにシンドイ作業です。
 医療訴訟は平均4~5年、あるいはそれ以上の長期におよぶことがほとんどで、患者側の勝訴率はここ数年20%前後を低迷しています。弁護士業務としては、およそ“儲からない仕事”なだけに、患者側の代理人を引き受ける弁護士さんは限りなく少数派を自認する人たちです。
 余談ですが、オウム真理教の犠牲となった横浜弁護士会の坂本堤さんも、かつて医療訴訟の原告側代理人として患者の権利を守るために精力的に取り組んでいた一人。私は彼が失踪するほんの数日前、横浜での集会のあとに流れた小さな居酒屋でこれからの日本の医療について熱っぽく語り合ったことが、どうにも忘れられません。

司法修習生の研修会でCOMLの活動を紹介

 さて、司法修習生をご存じでしょうか?
 難関中の難関と言われる司法試験を合格した後の2年間で、裁判官や検察官そして弁護士それぞれの立場を研修する人たちのこと。この間の彼らの身分は国家公務員。つまり私たちの税金で養ってあげていることになるわけです。
 年に一度の司法試験合格者の枠は750人。4年後にはその数を1,000人、将来的には1,500人に増やそうという構想もあり、現在、全国に約16,000人の弁護士が登録をしています。大統領が弁護士費用で破産する、そんな噂が飛び交う訴訟王国アメリカの弁護士人口は約90万人。単純に計算しただけでも弁護士が縁遠く、いかに日本の市民社会で人権が軽視されているかが伺えるところです。
 昨年12月、第49期司法修習生の3日間の研修会が東京で開かれ、COMLの活動と弁護士と協力医のネットワークについて話す機会を得ました。修習生にとっても医療訴訟は魅力がないのか、参加者はわずか。すでにこの時点で少数派のらく印を背負いながらも熱心このうえなく、当初予定の3時間を大幅に延長して議論が交わされました。
 実は私はいまもって医療訴訟がすべての患者の疑問を晴らし、被害者救済につながるとは思えないのです。医療現場で被害者意識に陥った患者や家族が、裁判という場で二重三重の被害者構造におかれる現実を垣間見てきたからです。しかし、示談交渉か裁判以外に公的な救済手段がない以上、とりあえずは患者側の弁護士が増え、実力を蓄えて“武装”してもらうしかありません。
 司法修習生の自主企画で、患者の不信感や納得することがいかに困難かの現実に耳を傾けようとする機会に協力できたことは、まことに嬉しい限りです。きっとこうした地道な一歩一歩が、患者の権利を確立してゆくことになるのでしょう。