辻本好子のうちでのこづち

No.097

(会報誌 2003年4月15日号 No.152 掲載)

私と乳がん⑪

“指導”より知恵や工夫満載の小冊子で安心

 術後5日目の4月30日の午後。看護師長から入院10日目にあたる5月2日午前10時の退院決定が知らされ、思わず「ヤッタア〜!」と叫びそうになりました。
 そして、「乳ガンの手術を受けられた方へ」「手術後のリハビリテーション」という2冊の小冊子が手渡されました。見ると、看護部の編集とあり、監修者には主治医の名前が載っています。どうやら手づくりのパンフレットのようです。小冊子を片手に、まだ腕を上げるのがきつくって、などと話している途中で、突然、「じつは……私も……」と、師長自身も20年前に乳がんの手術を体験したという話が飛び出しました。正直、とってもビックリしました。
 もちろん、すぐに死ぬような病気ではないとわかってはいても、なんといっても初体験。先の見えない不安が一人勝手にどんどん膨らみ、退院の喜びとは裏腹に、じつは密かに不安も頂点に達していた矢先。さり気なく、決して押しつけるでもない、静かに語られた師長の言葉が、なぜか妙に心に染み込んできて嬉しくなりました。<そうか、こんなふうに、仕事にも復帰できるんだ!>と、励まされるような気持ちになったのです。
 ところが——。以前、電話相談で同じような状況の患者さんから、「担当ナースが、自分の乳がんの手術はもっと大変だったと自慢する。私が泣いているとキツイ言葉しか言わないし、痛みを訴えると我慢が足らないと叱るだけ。もう少し優しくしてくれたっていいのにと思うと、腹が立ってくる」といった内容の苦情が届いたことがあります。まさに、同じ言葉でも受け止め方や感じ方は一人ひとり違うもの。それだけに、医療者が語る自らの体験談が患者の励ましになることもあれば、嫌味としか受け取れない患者がいたって不思議はない。医療者に限らず、患者体験を人に語るということは、じつはかなり微妙な問題で、結構、難しいことなのかもしれません。
 30分ほど、師長とごくありきたりな日常的な会話を交わした翌日、「退院指導しますネ」と別のナースがやってきて、手術した側の腕のむくみ対策などの説明を受けました。リンパ節を切除していることもあって、リンパ液や血液の流れが悪くなりやすい。そして、外部からの刺激や感染に対する抵抗力も弱くなっている。だから、重い荷物はなるべく持たないこと。また、血圧測定、採血、注射は反対の腕にするように。さらには、けがはするな、やけどや手あれには注意。はたまた、日焼けはするな、虫に刺されないように、などなど。
 あれはいけない、これもいけない——。たしかに“指導”ともなれば、いきおい注意事項の羅列になる。それはそれで仕方ない。そうは思っても、<エッ、そんなことまで注意しなくちゃいけないの?><そんなこといっていたら、普通の生活なんてできっこないじゃないのヨ!>と不安が広がってくる。<だったら、いったい、どんな生活をすりゃあいいのよ?>と、反発したい気持ちにもなってきて、一生懸命に指導してくれるナースの説明はほとんど上の空。
 そんなこんなで、すべてを覚えきれなかったナースの生活指導の内容。でも師長から手渡された2冊の小冊子を開くと、イラストとともにわかりやすい説明が記載されている。一人になって、ゆっくりと目を通してみると、ナニナニ、腕を低い位置にしておくとリンパ液がたまりやすくなるので、できるだけ高い位置にすることが大切? そのためには、腕を組んだり、テーブルの上に置いたり、寝るときに肩や腕の下にクッションや座布団を敷くといいなど。退院後の日常生活上の具体的な知恵や工夫が小冊子に満載されている。また自己管理として、マッサージやリハビリの方法も丁寧に紹介されていました。
 気分の滅入るようなマイナス情報で<いったい、あたしゃ、どうすりゃいいのよ?>と、ふてくされるような気分だったのに、小冊子を繰り返し読むうち、徐々に落ち着いてきました。
 じつは退院後も、この小冊子には何度も“お世話”になりました。繰り返し読むことで安心し、自分が何を注意すべきかが確認でき、生活改善の想像力も広がりました。患者への医療情報提供の必要性が叫ばれているなか、改めて、こうした説明書やパンフレットといった手がかりが患者の手元にあることの重要性と必要性を、こんなささやかな体験を通して痛感させられました。
 14:00、シャワーと腰湯の許可があって、ナースから傷口への防水テープの貼り方とシャワー後の消毒方法の指導を受け、いさんで浴室へ。どうやら同じ日に手術を受けたらしい3人が一緒。ところが、誰もが一様に押し黙ったまま。それほど広くもない浴室なだけに、なんだか息が詰まりそう。術後初めての入浴であまり長湯をしてもよくないと、早々に切りあげて病室へ戻った直後から傷口がズキズキ。まるで脈を打っているよう。血液の循環がよくなったのだから、当然といえば当然なんだけれど——。<こんなに痛むのなら、やっぱり、しばらくはシャワーだけにしておこう!>。
 そのあと、分度器を当てながら、腕の上がり具合を測定してくれたナースが、「ほば、完成です。スゴイですネ」と目一杯誉めてくれました。なんだか一緒に喜んでくれているようで、その気持ちが伝わってきて、とっても嬉しい!!
 そして最後の夕食。
 さあ、いよいよ明日は退院です。