辻本好子のうちでのこづち

No.056

(会報誌 1999年9月15日号 No.109 掲載)

COML10年目を歩むにあたって

 医療を消費者の目でとらえ、患者の自立と主体的な医療参加を目指してきたCOMLが10年目を迎えました。「賢い患者になりましょう」を合言葉に1990年9月にスタート。「いのちの主人公」「からだの責任者」の患者や市民が中心になり、専門家の支援を得ながらインフォームド・コンセントや患者の自己決定について対話し、交流を図る協働関係づくりを努力しています。
 社会も医療周辺もじつに大きく変化したこの10年。そのまっただ中で、医療を利用する立場から小さな声をあげつづけてきたことは、ラッキーという以上に「時代との遭遇」とでもいう運命のようなものを感じます。小さなCOMLが今日までに育てられたのは、なにより「COMLを支えてやろう!」という皆さまの応援があったからこそ。ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。どうか、今後ともよろしくお願いいたします。

電話相談−患者の自立支援を目指して

 そもそもCOMLの原点のそのまた原点は、誰にも邪魔されないで電話相談を受けたいという私の小さな願いでした。COMLをスタートさせる前の8年間。別の活動に関わるなかで患者の意識のありようという大きな問題意識を育てられ、小さな疑問がだんだんにふくれあがり、ついに押さえきれなくなりました。その思いとは……。
 医療は決して与えられるものでも施されるものでもないはず。患者とひとくくりにされる扱いに身を任せるなかで自分らしさを見失い、被害者意識で「こんなはずじゃない!」と不平や不満を募らせてしまう。だからこそ患者が「たとえ一歩でも立ちあがらなければ!」と焦るような気持ちと、その一方で誰に相談すればいいのかわからない孤独と不安も感じました。そのときの「話を聴いて、一緒に考えてくれる人がいたら……」という気持ちが、私に一歩を踏み出させたのだと思います。
 というわけでCOMLの電話相談を受けるスタッフは患者、市民の立場。医療の専門家ではありませんから、医学的な判断や指導などは一切できません。もちろん病院やドクターの紹介、当人に代わって病院に文句を言って行くということもしていません。ただひたすら、先入観を持たずに相談者の声に耳を傾け、その人の問題点を浮き彫りにしながら、何を解決したいのかを一緒に考える。その人のものの考え方や感じ方、問題解決の方向性を否定しないで、ともかく胸に溜った思いを吐き出してもらう。つまり利害関係の伴わない第三者に積もった怒りや不安を聞いてもらうと、少しずつ本来の自分を取り戻して冷静になれるもの。相談者自身が問題解決の主人公になる必要性に気づいていただけるように働きかけながら、問題解決のほんの少しのお手伝い。それがCOMLの電話相談の目的です。
 医療が急激に変化するなか、一人ひとりが自分の悩みや迷いを客観的に見つめ直す場を提供するという意味からも、電話相談の体制をさらに充実させる必要性を痛感させられています。

患者が医療に求めるもの

 ミスや事故など不利益を被らずに「確かな技術に出会いたい」「個別性を尊重してほしい」という、いまさらながらの基本的な要求が高まるなかで、「患者」とひとくくりに扱ってほしくない……と叫ぶ声。およそ医療現場の白衣の人には届きようのない“本音”ばかり。ただ、なかには情緒的で一方的な被害者意識の訴えもあります。けれども医療者との意識の違いからくるコミュニケーションギャップがなまなましく語られるなかからは、学ぶべき多くの問題点が浮かんできます。
 ひとくくりにしてくれるな! と言いながら、患者のニーズをひとまとめにするのは矛盾しているかもしれませんが、こんな医療に出会いたいという患者の気持ちをあえて集約すれば、①「知る権利」が尊重され、③わかりやすい説明の努力があり、③プライバシーも配慮され、④「ノー」あるいは前言撤回が遠慮なくいえて、⑤セカンド・オピニオンを支援する姿勢が伝わってくる、など。そんな意識の医療者が、あるいは医療機関が「どこにあるか?」と、患者は必死で求めています。
 月に200件を超す電話相談で語られる、そうした一人ひとりの思いを医療現場に伝えること。そして、患者の自立を支えようという意識を持った医療者、医療機関との新たな連携を、諦めることなく模索しつづけて行きたいと思います。

患者の意識向上と、ニーズの世代間格差

 活動のスタート当初、ほとんどの相談は「患者が主体性を持つなんて、とんでもない!」「ただ話さえ聞いてくれれば、それでいい」という意識でした。ところが数年前から権利意識とコスト意識が急激に高まり、とくに最近は患者のニーズの世代間格差という新たな問題も浮上しています。
 受け身、つまり「お任せ」でなければならないと思い込んでいる高齢者群。がんや生活習慣病の好発年齢に達した「対話」を求める50〜60歳代。そして、情報へのアクセス能力が高く「正しい答えと根拠」を求める小さな子を持つ親、がん好発年齢の娘や息子の立場。こうした世代による医療ニーズの違いは、単に価値観の多様化といって済ませられる問題ではありません。たとえばインターネットで情報を集め、専門家もタジタジするような鋭い質問をする患者に医療者がどう向きあうか。これからの医療現場で患者と医療者がどうコミュニケートすべきかの問題は両者が共に、そして真剣に考えなければならない緊急課題だと患います。

情報の中身を吟味し、確認しあえる
“ヒューマン・コミュニケーション”!!

 ①知識、情報、経験がない、②権限がないという思い込み、③孤独と苦痛、という患者の不安を少しでも解消するために、どんなコミュニケーションが必要か。たとえばカルテ開示を要求する相談は、単に情報を求めているだけではなく、情報の中身を吟味し確認しあえる医療者との人間関係を求めていることに気づかされます。病気と向きあう日常のなかでさまざまな不安を抱きながら、それでも医療を信頼したいと願う患者の期待。それに応える医療の具体的提案ということで、今後のCOMLの活動を通して以下の3つを医療現場に届けて行きたいと思います。

①患者の苦情の受け皿として、それぞれの医療機関が患者の相談窓口を設置すること
②患者が自分の病気について学習できるような院内図書館の設置
③患者のセカンド・オピニオンのニーズを支援する医療体制(たとえばチーム医療や病診連携など)の確立

 ますますふくれあがる患者のニーズ、そして、さらに厳しくなるばかりの医療状況。医療を利用する側と提供する側が、それぞれの立場と役割の違いを認識し、違いを尊重しあう協働作業としての“ヒューマン・コミュニケーション”を模索しながら、電話相談や患者塾などで出会う一人ひとりの方に「賢い患者になりましょう」というCOMLの合言葉をさらに伝えつづけて行きます。
 決して医療者をやり込めたり、権利や情報を武器に対立する患者でなく、病気になった現実を引き受けたうえで「どういう医療を受けたいか?」を考え(意識化)、医療者に思いを明確に伝え(言語化)、さらに信頼関係を築く一方の役割意識を身につける(コミュニケーション能力)努力。つまり単に権利を主張するだけでなく、医療を利用する側の責務を担える患者を目指して「一緒に努力しましょう!」と語りかけ、主体性を身につける一歩を歩み出す一人ひとりの勇気を支えるCOMLでありつづけたいと思います。