辻本好子のうちでのこづち

No.003

(会報誌 1994年10月15日号 No.50 掲載)

看護体験で痛感した「患者のプライバシー」

 COMLの活動を通して、私はナースたちに「こんな看護であって欲しい!」という患者のメッセージを語り続けています。でも本当は私自身、たいした患者体験もなく、いつも心の片隅に現場を知らなさすぎるのでは?という負い目がありました。今年の5月、「看護の日」の記念行事の一つである『ふれあい看護体験 ’94』に応募し、ナースキャップをかぶる初めての体験をしました。

心を開いてくれない患者さん

 頭のてっぺんから足もとまで白一色、制服を身にまとうだけで不思議に身が引き締まります。午前中は看護部長から看護の基本理念などお聞きし、病院内を見学しました。午後のスケジュールは“看護の実態を知る”を目的に入院患者さんとふれあう、もっとも関心のあった看護実習です。
 私が担当させていただいたKさんは、半年前に脳梗塞で倒れ、リハビリ入院のご高齢の男性です。半身麻痺で耳も聞こえにくく、MRSAに罹患されてからは家族の見舞いも制限されているようです。用意されたプログラムは身体を拭く「清拭」で足浴から洗髪までほぼ90分、主任のお手伝いということで緊張してベッドサイドヘ赴きました。
 耳もとで「お手伝いさせていただく辻本です。よろしく」と挨拶したのですが、Kさんは目も口も固く閉じてまったくの無表情のまま。わずかに小さくうなずいてくださったことで、コミュニケーションがとれたと自分に言い聞かせるしかありませんでした。慣れない手つきでモタモタするだけの私は、恐らく主任さんにとっては邪魔以外の何物でもなかったことでしょう。それでも親切に清拭の手順や褥瘡部分の処置を教えていただきました。終了予定の時刻になるやいなや、それまで緊張ぎみだった主任が急にホッとなさり、にこやかに「お疲れ様でした。廊下で待っていて下さい」と言われ、Kさんに挨拶をしてお部屋を出ました。

見知らぬ女性への精一杯の抵抗

 私は棒のようになった足や腰をさすりながら、廊下から病室の様子を眺めていました。Kさんはベッドを起こし、濡れた髪にドライヤーを当ててもらっていました。ところが何と、楽しそうに主任さんとおしゃべりをしているではないですか。私はその光景を見て、急に申し訳ない気持ちで胸がつまり涙がこぼれてしまいました。決して興味本位ではないものの、Kさんにとっては見も知らぬ女性が突然押しかけてきたのです。看護体験などと勝手な名目で、全裸どころか管が差し込まれた性器や黄ばんだおむつまでいきなり晒されたわけです。どうにもあらがえず、成す術もないままどんなにか緊張なさったことでしょう。無表情で心を閉ざしていたのは、Kさんの精一杯の抵抗だったに違いありません。

 ナースの作業がいかに重労働であるか。そして、きつい、汚い、危険など3Kとも8Kとも言われ、あまりにも雑用が多過ぎる看護の現場。助手やボランティアを導入すれば分担できそうなのに、どうして専門職のナースが担当するのかと疑問を抱くような作業などなど。第三者の目で初めて接した看護現場で、感じたことはいっぱいありました。でもそれ以上に、患者の立場からどうしてもお願いしたいと思ったことは「患者のプライバシーへの配慮」です。
 最後のミーティングで、軽い気持ちで応募しKさんにご迷惑をかけた反省と「医療現場の日常に紛れて“当たり前”になっていることを今一度見直していただきたい」という願いを届け、私の最初で最後(?)の看護体験は終わりました。