辻本好子のうちでのこづち

No.179

(会報誌 2010年2月15日号 No.234 掲載)

マスクの違和感

 新型インフルエンザのワクチンが捨てられる憂き目に遭いそうだと、ニュースが報じています。
 感染拡大の防御策が功を奏したのか、不安を煽ったほどの流行にもならず、また、2回必要とうたったワクチン接種も1回で予想以上の効果があったことなどもあって余ったのだそう。EUのある筋と製薬メーカーの癒着がささやかれているという裏側の情報まで添えられて……。

新型インフルエンザパニックで急増

 昨年5月中旬、COMLの総会とフォーラム開催予定の数日前のことでした。新型インフルエンザウイルス感染者が神戸で発症したニュースに関西全域がパニックに陥りました。学校も休校になり、神戸周辺では人が集まる催しが次々と中止され、三宮辺りの商店街は軒並みシャッターを降ろしてしまったとか。たとえ小さな催しとはいえ、COMLとしても総会とフォーラムの開催を「どうしたものか?」と理事への緊急連絡をするなど右往左往したことが昨日のことのようです。
 覚えていることといえば、そのころ、街中が“マスクマン”で埋め尽くされ、マスクをせずに歩いているとまるで非国民かのような白い目を向けられたことです。さらには、スーパーやドラッグストアにマスクを買い求める人の長い行列も。当時のメディアも、徹夜作業でマスクを製造する工場の風景を放映するなど、30年以上も昔のトイレットペーパー騒ぎと同様の異様な風景が、あちこちで展開されていたことまで蘇ります。
 しかし、その後、マスクをかけた人の姿が急激に減少。夏の暑さに目元口元の鬱陶しさが負けたのか、さほど予防効果はないらしいという情報が人々を冷静にさせたのか、減少の根拠はわかりません。スーパー店頭の「マスクあります」の張り紙も次第に目にしなくなりました。マスクはワクチンと違って使用期限はないだけに、捨てられる憂き目には遭わなくとも、大量生産された段ボール箱が倉庫の隅にうずたかく積みあげられているのかもしません。

表情を隠す効用?

 マスクといえば、最近、強く印象に残るのが民主党の小沢幹事長。政治資金規正法違反の疑いでメディアに追いかけられて足早に歩く姿がテレビに映った当初のマスク姿です。マスクに隠れた表情はもちろん、その裏側に潜む小沢さんの気持ちを窺い知ることはできません。国政を担う大事なおからだだけに風邪予防も必要、決してマスクが悪いと言うつもりもありません。ただ、ささやかな体験から言えば、マスクは表情を隠し、気持ちも押し殺してくれる優れもの。それがマスクの効用でもあるだけに、小沢さんのマスクは「なぜ?」と聞きたくなってしまうのです。
 8年前、抗がん剤治療の最中にも講演活動であちこち飛び歩いていた私ですが、主治医からは「ともかく感染予防を!」とキツイお達し。夏の盛りから翌年の春まで、免疫力が低下した状態での外出時にはマスクを二重にして使用していました。脱毛のため帽子を目深にかぶったうえにマスク、どう見ても怪しげだったに違いありません。電車に乗ったときに奇異な眼差しを向けられたことを今でも思い出します。そんなときマスクは、感情をひた隠し、周囲から注がれる眼差しをシャットアウトしてくれました。無表情を装いながら、くじけそうになる気持ちを奮い立たせてくれたのもマスクの大きな効用だったのです。

「患者に失礼」の意識がない病院職員

 マスクといえばもう一つ、病院職員のマスクについての違和感です。
 新型インフルエンザ騒動以降とくに、どこの病院・施設でもスタッフの方々のマスク着用には“当たり前”の風景になっています。しかしその姿が、私たち患者の目にどう映り、何を感じているか。そのことについては、本誌の病院探検隊リポートでこれまでに何度も報告させていただいています。たとえば「声がくぐもって、聞こえにくい」「目しか見えず、表情が隠れてしまって、コミュニケーションが取りにくい」「あごの下にずり下げて喋るなら、意味がない」など、概して評判は良くありません。
 患者の不評ばかりか、先日、ある病院管理者の方と病院スタッフのマスク着用について四方山話をしていたときのこと。「院内会議の席までマスクをしている不届き者がいる」と、いかに(上司に対して)失礼な行為であるかという憤慨です。そこで私は「上司以前に……患者にはもっと失礼な行為」と日頃の想いを伝えました。たとえば病院からのメッセージとして、マスク着用で対応する失礼の「お詫び」の掲示の一つでもあればまだしも、何の断りもないまま、さも“当たり前”のようにマスクを着用して向き合うドクターやナース、それは患者に対して「もっと失礼な行為」ではないかということを、です。
 病院スタッフのマスク着用は、いまも多くの施設の日常風景です。しかしいまいちど「マスクの意義と目的、必要性」について議論することで、無意識、無自覚の現場の日常性を見直すことにもつながるはず。せめてマスクを着用していることを意識した対応をすれば、患者に伝わってくる医療者の「気持ち」に多少の変化も期待できるのではないかと思っています。
 先の管理者にも、そうした提案とお願いをして帰ったのですが、残念ながら、その後どうされたのか、今のところ何の報告も届いていません。